にいかわサポステを運営しているNPO法人教育研究所がまだNPO法人になる前、「緑のふるさと運動」という社会教育運動を提唱し、実践していたことがある。
いまから30年も前のことで古い話ではある。当時の教育研究所の所長である牟田武生(今のNPO法人教育研究所理事長)が、国内外の文化人、芸術家、教育関係者、ジャーナリストたちと一緒に、「快適な社会を目指して」をスローガンにして、富士山麓に南富士高原村という共同体を開き、タイ漆器の工房等を造り、若者を育て、自然との協調をめざし新しいむらづくりを行った。しかし、時代がその先駆的な思想について行けなかったのか、日本はまさにバブル経済を謳歌する前夜であり、生産性を上げ、物質至上主義で回り、欲しいものは何でも買え、手に入るという幻想の社会で人々は生きていた。快適に生きる? 「暑い時はクーラーがあるじゃないか」「歩かないでも、車が有るじゃないか」「食糧は外国からいくらでも輸入すればいいじゃないか」「好きなものはお金でなんでもかえるじゃないか」そういう時代だった。「精神的な快適さ」より「物質的な快適さ」を求めている時代でもあった。
しかし、30年が過ぎ、日本も大きく変貌した。エネルギーも無限に有るわけでないことに気が付き、東日本大震災を経験し人々の意識構造も少しずつ変化してきたように思える。
もともと日本人は、自然をうまく日常生活に取り込んで生きていくことが得意な民族だったはずである。今、自然回帰を求め田舎の里山に移住し、自然資本を利用し地域の再生を目指し、地域の高齢者と一緒に肩肘を張らずに自然にいきていこうとする若者が増えている。生き方は多様である。いわゆるバブル経済を経験していない若者たちは旧世代とは「労働観」「人生観」も異なる新しい価値観を持って社会参加を初めている。彼らたちが動きやすいように、活動しやすいように支援していく事も、必要ではないだろうか。
「問題は旧来型の企業や政治やマスコミや諸団体が、それを担ってきた中高年男性が、新しい時代に踏み出す勇気を持たないことだ。古いビジョンに縛られ、もはや必要性の乏しいことを惰性で続け、新しい担い手の活力を受け入れることもできないことだ。しかし年月はやがて消えるべきものを消し去り、新しい時代をこの島国の上にも構築していく。結局未来は若者の手のなかに有る。先に消えゆく世代は誰もそれを否定し去ることができない」(「里山資本主義」藻谷浩介)
世の中なんか すこしずつ動いていきそうな雰囲気では有るが・・・・
にいサポ タマゾー